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コラム COLUMN

理事長コラム

新年度に寄せてー近藤理事長より

 

新年度を迎える日本は、至る所で桜が満開です。

 

人間がコロナに振り回され、身内の差別や分断に苛まれているうちに、自然は何ごともないかのように、また春をもたらしてくれたのです。10年前の東日本大震災の直後に、文化庁長官として東松島市を訪れたとき、瓦礫の隙間から顔を出した桜の枝に花が咲いているのを見たときの感動がよみがえってきました。

 

いずれも人間が自慢してきた文明がいかに脆いものであるか、地上の王者と思ってきた人間自身がいかに弱く、醜いものであるか、自然がいかに偉大で、深く、繊細であるかを教えてくれました。

 

人間にも、自然に匹敵する底力があります。それは文化芸術においてです。

 

14世紀にヨーロッパでペスト(黒死病)が大流行し、3人に1人が亡くなるという悲惨な状況の中で、文化芸術の世界で2つの大きなことが起こりました。

 

第一はボッカチオの『デカメロン』です。感染を逃れるためにフィレンツェ郊外の別荘に男女10人が集まり、毎日ひとりが1話ずつ物語を語ったものを集めたという形式の小説です。原題は「十日物語」です。そしてこれは文学史上初めて「散文」で書かれた小説で、これを契機にそれまでは「韻文」が原則であった小説が、次第に散文形式になり、より多くの庶民の生活に潤いをもたらすものに変わったのです。

 

第二は美術の世界で起こりました。それまでは芸術作品と言えば壁画や大聖堂のような不動産が中心で、人びとはそこに行って鑑賞するものでした。しかしペストで人が一か所に集まることを禁じられた結果、人びとは自分で持ち運べるものに芸術を求めたのです。こうして芸術表現の手段が、絵画や置物などへと広がったのです。

 

手の打ちようのないパンデミックの中にあっても、人類は文化や芸術を放棄するどころか、いろいろな工夫を重ねて、その力が発揮される方法を探し出してきたのです。美を追求する想いは、危機にあってはそれを克服し、新たな時代への扉を開く強靭な力を生むのです。瓦礫の間から顔を出す桜の花のように。

 

今回の新型コロナ危機にあっても、このことを胸に、アーチストも、彼らの活動を支援するわれわれ財団職員も一丸となって新しい時代に向けて前に進もうではありませんか。

 


公益財団法人横浜市芸術文化振興財団
理事長 近藤誠一

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