コラム COLUMN
日本人にとって“美しさ”とは?
横浜市民のみなさま、謹んで新年のお祝いを申しあげます。
今年は丙午(ひのえうま)。
みなさまにとって、駿馬のように情熱をもって目標に向かって飛躍する年でありますように。
「私、日本文化の歴史的発展を勉強したいんです」
「日本文化史を専攻するとか?」
「いえ、何かひとつの分野を深く勉強して、日本人のこころの進歩を探究したいんです」
「マンガやアニメ?」
「マンガやアニメは楽しいですが、私が勉強したいのは、ひとつの文化財を深く研究して日本の素晴らしい文化が長い間にわたってどのように形成されてきたかを探ることです。。。叔父が建築家なので、建築分野でもと。。。」
「建築家の知り合いは何人かいるので、いつでも紹介しますよ」
私が会長をしている(公財)美術文化振興協会(JAPA)(注)は、オランダのライデン大学との間で20年にわたって交流をしてきました。主として日本の一流作家による実演(書や日本画、竹工芸など)中心です。上記の対話は、昨年12月、その一環として私が同大学の日本学科コースで、英語による日本文化講義を3日連続で行ったときに、教壇に寄ってきた女子学生とのやりとりです。
世界が高い理想のリベラリズムから現実主義への急展開をみせ、AIが猛スピードで社会に浸透して、タイパ、コスパが判断の基準になっている時に、手間のかかる異国文化の地道な研究に情熱をもつ学生がヨーロッパの人口1,800万人強という小さな国にいるとは、そしてその関心が日本の伝統文化に向いているとは、嬉しい驚きでした。
思い起こせばオランダは、鎖国中も出島を基点として日本と交流し、蘭学をもたらすとともに日本のことをしっかり研究しました。ライデン大学は世界で初めて日本学科を設けた大学でもあるのです。
講義では、抽象的な議論ではなく、文化遺産を題材にして日本文化の本質を説明しました。桂離宮や能を例にして、日本人には自然を大切にし、季節の移ろいを愛で、同時に「間(ま)」とか「余白」、わび・さびのこころを大切にすること。そして自分を抑えて相手の立場を重んずることを通して調和を求めるこころが中心にあること。これらを極めるこころにこそ、日本人の求める「美」があることを、たくさんの画像を使って説明しました。しかし内心では、主客二元論(人間は自然を超越した存在で自然は材料であるとの考え)や普遍主義、合理主義、個人の芸術的才能をアピールすることこそ生きることだとする欧米の人々に本当にその価値が分かってくれるか不安でした。
しかしこの女子学生が見事にこの懸念を払拭してくれたのです。
そして帰国してすぐ手にしたのが 『アスティオン』 という月刊誌の特集「発信する日本文化」でした。各界の専門家が日本文化の真髄を語っておられますが、その多くがライデン大学での講義のエッセンスと重なるところが多いので安心しました。
しかも実は私はこの特集についてのコメントのエッセイを次の号(5月末の発売)に書くように頼まれていたのです。オランダでのみずみずしい経験を元に原稿を終えました。
こうした日本人の「美」のこころがあれば、世の中の分断や争いは無くなるのではないか、難しくともそういう希望をもって、日本の伝統文化の価値をひとりでも多くのひとに理解してもらうように全力を挙げるのが私の務め、そして当財団の務めでもあるのではないでしょうか。
注:1977年の福田赳夫総理によるマニラでの演説で説かれたASEAN諸国との「心と心のふれあい」を実施に移す仕組みとして設立され、ASEAN諸国のみならず、ハーバード大学やライデン大学との間で人間、文化、芸術の交流を行ってきた団体。

公益財団法人横浜市芸術文化振興財団
理事長 近藤誠一

