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コラム COLUMN

理事長コラム

効率化と人としての「嗜(たしな)み」

 

新年明けましておめでとうございます。

 

まずは、元旦に発生した能登半島地震によって犠牲となられた方々に、衷心よりお悔やみ申し上げますとともに、そのご家族や被災されたすべての方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

 

世界で深まる分断と対立や、国内に山積する難問に加え、このような悲惨な災害や航空機事故とともに新年を迎えることになりました。

 

他方こうした事態を尻目にデジタル化は加速の一途をたどり、生活のあらゆる局面で合理化、効率化が進行しています。人々は日々スマホに溢れる情報に追われ、ものをじっくり考えることもなく、目の前の案件処理で一日が終わっています。人との心のつながりが希薄になり、枯葉すら落ちてしまった荒野のような社会になりつつあるように思えてなりません。

 

そんなある日、新幹線に乗りました。昨年秋、東海道新幹線はコーヒーなどの車内販売を中止し、その代わりに各駅のホームに自動販売機を設置して、乗客が乗る前に欲しいものを買えるようにしました。しかしグリーン車だけは、座席からスマホでQRコードを使って好きなものを注文できるようになったのです。そのことを思い出して早速試してみました。スマホで「ホットコーヒー」ひとつ、「ミルクなし」、「砂糖あり」を注文したのです。

 

すると5分も経たぬうちに女性のパーサーが現れ、相手の目を見て微笑みながら、「ミルクはお使いになりませんね。これがお砂糖です。コーヒーはお熱いのでお気を付け下さい」と言って、コーヒーの入った容器をそっとテーブルに置いて去りました。

 

わずかな瞬間でしたが、ふと、ひとの温かみを感じてほっとしました。効率化やコストダウンが至上命令となった社会では、注文されたデータ通りのものが直ちに配達されれば良く、内容の確認(ミルクは不要か)や微笑、いたわり(熱いから気をつけて)などは「非効率」とされて排除されるのが当然でしょう。現に自動販売機は確認などはしないし、注文通りのものが出てくれば誰も文句は言いません。熱いことは言われなくとも知っています。自動化とはそういうことです。

 

でも人件費と言うコストを伴うこの「非効率」こそが、人と人との間をつなぐ思いやりを生み、社会を穏やかなものにする魔法なのです。東日本大震災の際、被災者の方々が示された冷静な対応と相互扶助はその典型であり、世界で称賛されました。今回の能登半島地震でも同じことが起きていると思います。

 

そして今回の羽田空港での事故においてもそれが発揮されました。状況把握や通信において最先端の情報技術が活躍したとは思いますが、何より機長以下乗員全員の冷静沈着な対応による18分以内の「全員救出」は見事で、世界のマスコミで「奇跡」と称賛されました。同時に、案内があるまで姿勢をかがめて席で待つようにとの客室乗務員の指示に対して、「乗員のいうことを聞いた方が良い」と他の乗客に呼びかけてパニック防止に協力した乗客がおられたということ(1月4日付日本経済新聞)も、日本人には危機に際してもなお全体を見て、他との相互信頼と「思いやり」を発揮するという心が残っており、それが「奇跡」を支えた重要な要素だと感じて、嬉しくなりました。

 

効率化の目的は、国際競争力の向上だけではなく、誰もが毎日の生活で、厳しい時こそ他を想う「ゆとり」-言わば「嗜み」-を養うための事務処理の合理化なのだという指針を得たような気がします。世界には「奇跡」の裏にこうした重要な要素が隠れていることを知って欲しいと思います。

 

これはまさに冒頭の厳しい内外の情勢の中に見いだす希望の光でした。そして私は昨年末に新幹線から見た大きな虹を思い出したのです。

 

このコラムを読んで頂いている皆さまの、新年のご多幸をお祈りいたします。雨が降っても、きっと虹が希望を与えてくれるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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