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コラム COLUMN

理事長コラム

第九のきせき

 

 

やっとコロナが勢いを弱めつつあることもあり、今年は七夕祭りが各地で華やかに行われたようです。皆さんの今年の願い事は何でしたか?

 

最近の私の最大の関心は、我々は「障がい者」とどのように向き合うべきかということです。と言うのも、1年半ほど前、池袋の劇場で、プロのオーケストラがベートーベンの交響曲第九番(合唱付き)を演奏した際に、舞台の上に、プロの演奏者や合唱隊に交じって、聴覚障害や視覚障害などをもった子どもたちが登壇し、一緒に第九を「演奏」したからです。

 

耳の不自由な子どもたちが、精一杯体を使って手話で歌い、目の不自由な子どもたちも、指揮者もオーケストラも見えない中で伸び伸びとした声で合唱に加わったのです。だれもがプロと一緒に歌える喜びに溢れ、生きていることを心から楽しんでいる、素敵な、否、感動的な顔を見せていました。

 

これは「ホワイトハンド・コーラス」と呼ばれる活動の一環です。聴覚障害のある方々とくに子どもたちに、手話で歌の歌詞を教え、彼らが手に白い手袋をつけて、演奏に合わせて手話で「歌う」(彼らは「手歌」と呼ぶ)という意欲的なプロジェクトです。そしてその指の先につけたライトが描く軌跡をカメラに収めた写真は、多くの反響を集めました。われわれは聴覚障害の方々には音楽は分からない、と決めつけがちです。しかし音を耳で聞いたり、声を出したりしなくても、他の感覚器官をフルに使って「音楽を奏でる」ことはできるのだということを知り、それまでの「常識」を覆された感があります。

 

たまたま最近読んだ 『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(伊藤亜紗著*1)も、大変な気付きを与えてくれました。目の不自由な方々も同様に、「目」ではなく、他の感覚を総合して世界を「見て」いること、それどころか健常者の気づかないことをしっかりと把握していることを紹介しているのです。障害とは、障がい者がもっているのではなく、社会(健常者)が勝手に自分たちに便利な制度やインフラをつくっていることから生じるものと見るべきだ、われわれが彼らに障害をつくっているのだという主張には、はっとさせられました。われわれが無意識のうちに抱いている「思い込み」を厳しく指摘された思いで、人生観が変わったと言っても過言ではありません。

 

そして聴覚障がい者と視覚障がい者が、「第九」を一緒に歌った仲間として親しくなり、手話や抱き合ってコミュニケートできることが分かり、大人たちもびっくりしたようです。第九に参加しなければ、あり得ない光景にご家族はもちろん、観客の大人たちも感動の涙をこらえきれなかったようです。

 

そして来年、このグループはなんとウィーンとボンに招かれ、ウィーンでは国連の事務所で、バリアフリーのアカデミー賞と言われるゼロプロジェクト世界会議「ZeroCon24」で各国代表500名に手話を教え、全員で白い手袋をつけて「第九」を演奏すると言うのです。国会議事堂での単独コンサートも予定されています。*2

 

 

それどころかベートーベンの故郷のボンでは、ベートーベン・ハウスが強い関心をもち、このチームとのコラボを企画中なのです。

 

2024年は、「第九」のウィーン初演からちょうど200年目という記念すべき年です。日本の障害をもった子供たちが訪欧し、現地の障がい者や関係の団体と一緒に、4楽章の「歓喜の歌」を歌うのです。詩人シラーが作詞したこの歌詞には、こんな下りがあります。

 

あなたの魔法は、時が厳しく分裂させたものを再び結びつける・・・すべての人が兄弟になる。

 

ウクライナにおける痛ましい戦争、民族や宗教によって世界が分断され、健常者と障がい者の間に一方的な線が引かれ、社会がきしんでいる今、このプロジェクトの成功が意味するところは限りなく大きいのではないでしょうか。

 

しかも第一次大戦中の1918年、徳島県にあった俘虜収容所では、地元民が1,000人ほどのドイツ人捕虜たちを大切に扱い、街への自由な外出を許し、域内に80軒もの店までつくって、「ドイツさん」と呼びながら親しく交流をしていたそうです。敵国人でありながらのこうした親切な待遇に応えたのが、ドイツ兵たちによる「第九」の日本初演であったというのも、心温まるエピソードです。

 

主催者となるホワイトハンド・コーラスNIPPONは、小さな団体ですが、突然沸いた夢のような招待に、果たして子どのたちや付き添いの方々をヨーロッパまで連れて行く旅費がまかなえるか、必死にクラウド・ファンデフィングを行っています。私はこのチームの実行委員長を引き受けました。

 

私の七夕の願いは、家族の健康と幸せとともに、この「第九のきせき」の成功だったのです。

 

耳が聞こえなくなってから苦悩の末書いたこの曲が、後世このような力をもったことを知ったベートーベンと、日本の障害をもった子どもたちが、毎年天の川で会うことができたらなんと素敵なことでしょう。

 

 


*1:伊藤亜紗 (2015)「目の見えない人は世界をどう見ているのか」光文社新書

*2:「第九のきせき」in欧州実行委員会 事務局 お問い合わせ先:visible.freude@elsistemaconnect.or.jp

「第九のきせき」チラシはこちら

 

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